第2回採卵日
そして第1回採卵日から1か月を経た後の7月20日(土)。第2回の採卵日を迎えるにあたって、KAWAは怒っていた。
2つの卵子が取れたあとにリセット(生理を起こさせる)し、再びつまこの卵巣に現れた卵胞の数は、なんと6個もあった。ただ、その卵胞を収穫するタイミングは難しく、早く摘みすぎると受精できないし、遅すぎると子宮の中にポトリと落ちてしまう。6個の卵子は成熟度がバラバラなので、薬や注射で調整しながらその微妙なタイミングを狙いに行くのだが、問題はその日付だった。
クリニックの医師から初めに提示された日にちは7月19日の金曜日。こちらもその予定で準備を進めてきたのだが、1週間ぐらい前の診察になって、つまこがこんなことを言い出したのである。
「その日は会社休めない」
つまこは税理士事務所で事務のパートをしているのだが、同じパート仲間に子持ちのマルコちゃん(仮名)がいる。そのマルコちゃん、子供が調子が悪いの、学校から呼び出されたの、でドタキャンで仕事を休む。そのしわ寄せで仕事がつまこや他のパート仲間に押し寄せており、しかも金曜日は休みたがる人が多いので、自分が休むわけにはいかないのだというのだ。
「あのさ、何が一番大事かわかってる?」
必然的にKAWAの口調が荒くなる。こちらはリミットが近づく中、文字通り人生をかけて不妊治療に取り組んでいるのだ。同じ社会人として、つまこが「腰掛パート」の気分でなく仕事に臨んでいるのは嬉しかったが、優先すべきものが違うだろう。
「まあまあ、仕方がないじゃないですか。何が何でも治療を優先させなきゃいけないものでもありませんし、採卵は次の日の土曜日にしましょう」
と、とりなしてくれた女性医師。今から考えれば、金曜日がベストだと思って採卵しても必ずしもうまく採れるとは限らないし、そのために何かを犠牲にするくらいならば日程をずらした方がいい、という考え方もあるのだろう。
だけど。
それでも、プロが見定めたベストなタイミングで採卵するのが一番いいに決まってる。 しかも採卵は、前にはことごとく乗り越えられずに散って来た、とてつもない高い壁なのだ。
これで「採卵してみたら全部子宮の中に落っこちてました」だったらどうしてくれる。こんな人生の一大事に仕事を優先させるような会社だったら、月曜日には速攻でクレーム電話を入れてつまこを退職させてやる。
そんな風にプリプリしながら迎えた、第2回の採卵日だったのだけれど。
第1回と同様、まずはKAWAがコップを渡されて採精作業。それが終ったタイミングで今度はつまこが診療室の奥へと消えて行く。
そこからKAWAが出来るのはただ待つことだけ。お昼は少しフライング気味に持ってきたサンドイッチ(ゲンを担いで、前回採卵日と同じものにした)をほうばる。ピコピコとゲームで遊びながら時間を潰すKAWA。クリニックは最近段々と診療待ちの患者さんが増えてきたが、その人たちも少しずつ数を消していき、KAWAと数名の患者さんのみが広い待合室で座るようになった頃、前よりもだいぶ早い1時過ぎにつまこが待合室に帰ってきた。
そして、その後すぐに診察室に呼ばれ、夫婦で中に入る。
「卵子は6つ取れました」
説明したコーディネーターの女性がちょっと得意げな顔だったのを覚えている。6つあると言われていた卵胞、そのうち3,4個でも取れれば御の字だと思っていたのだが、まさかまさか、その6つ全部に卵子が入っていて、それをひとつ残らず確保したのだと言う。
前回の屈辱から、採卵に苦手意識のあるつまこ。これで大丈夫だ、とぱあっと華やいだ表情になった。KAWAも思わず「うっし!」とか声に出してしまうし。
クリニックからの帰り道、これでもう大丈夫だ、と第1回同様安心しきった表情のつまこに対して、「何言ってるの。まだ不妊治療の緒に就いたばっかりでしょ」とKAWAはたしなめたのだが、こちらも口元が緩んでしまうので何とも説得力がない。
この日は、本当につまこお疲れ様でした。採卵成功でテンションは妙に高いのだが、つまこは確実に疲れ切っていて、本来足立の花火大会が行われるこの日は、両方の母親を呼んで花火鑑賞をするのが恒例だったのだが、さすがに断らせて、と二人で静かに花火を楽しむ日にしてしまった。
そして明けて翌日の日曜日。
ダラダラと朝の時間を過ごしていたKAWA夫妻のもとに、早速クリニックからのメールが飛び込んできた。
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受精結果は以下の通りです。
採卵総数:6 - 成熟卵:6
精子 量: 2.90 ml 運動精子濃度: 83 万/ml 総精子濃度: 550 万/ml 運動率: 15.1 %
媒精 顕微授精数:6 - 正常受精卵:6
今回の前核期凍結胚 2本6個
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なんと、6個あった卵子のすべてが正常に受精卵になってしまった。
これもまた、オドロキの結果である。
精子の方についてはこう見ると訳が分からない。自分のできるせめてものことということで、お酒は控える、運動はする、と頑張ったつもりだけれど前回に比べて運動精子濃度、総精子濃度、運動率ともに悪いのはなぜだろう。
ともあれ、結果よければすべてよし。
これで手持ちの受精卵は8個まで増えたのである。
結果から言うと、この多めの受精卵確保、はその後の不妊治療においても大きな安心材料になった。「これが駄目なら次がない」という状態から解放され、ストレスが大幅に低減されたのである。その後KAWA夫妻は妊娠に向けて快進撃を続けて行ったのであるが、そのターニングポイントは明らかにここにあったのだと思う。