オバフォー夫婦の高度不妊治療日記(夫版)

夫の側から見た、高度不妊治療および超高齢出産について記していきます。

第1回採卵日(上)

そして迎えた6月13日。第1回目の採卵日である。

その日は、たまたま今年から半年に2回取らなきゃいけない有給が増えたため、KAWAも休みを取って一緒に行くことにした。

当日つまこは朝の食事制限あり、7時前には朝ご飯を終了してくださいとのこと。で、予約の11時半にはクリニックに行き、準備の後、12時から麻酔の上で採卵。それからしばらくベッドで休んだ後に用意していた軽食を食べて、結果を聞く、という流れ。

軽食は田端のサンドイッチ屋さんで買っていこう、と二人で決定。「採卵の間にKAWA、は外に食べに行っていていいよ」と言われたけど、つまこと同じ時間帯に同じものを食べる、と言い張る。

このことに関して自分だけ楽しい思いをする気にはなれなかった、というのがほんとのことろ。そんなものでツミホロボシになるとは思っていないけどさ。

 

それにしても、お休みの朝って、どうしてこうすがすがしいのだろう。

つまこは朝7時前までに朝食を済ませること、ということなので、6時半には起きなきゃね、と言っていたのに、6時前には目が覚める。そして軽く朝ご飯を食べて。

手術の予約が11時半からなので、10時前に家を出ればいい。それまでの間やることがなく、のんびり過ごそうと思っていたら、つまこが「時間が空いたらおそうじする」と言い出し、結局寝室とトイレをお掃除してから出かけることになった。

 

クリニックについたのは、狙い通りの11時ちょい前。まずはKAWAのほうにやることがあった。

それは、採精作業。

前もって採っておいて、それをつまこに託していってもかまわないのだが、どうせクリニックに行けるのであればできるだけ直近の新鮮なものを使いたいという気持ちになるというものだ。

いつものプラスチックのコップを渡され、「採精室」にむかった。入ってみると、ソファが入った明るい小部屋で、「そこでご自由にどうぞ」というわけだ。おかれていた注意事項を書いた紙に「DVDの貸出等は行っておりません」とあったのが、ちとおかしい。

まずはソファに座って、リラックスできる姿勢をいくつか試したり、ウェットティッシュで鼻の穴の掃除をしたり、といったことから始めてみる。待合室で待っているつまこは、あいつはこんなに時間をかけていったい何をやっているのか、とか思っているんだろうな、とか思うけど、こちらも何かと整えた後でないと「はいそうですか」とばかりに出すこともできないのだ。

そうして何とか採精作業を終了。相変わらず少ないけど、コップが大きすぎるのだと思う。あれになみなみ注げる男って世の中に存在するのかね。AVの1シーンでもあるまいし。

 

待合室に帰り、しばらくつまこと話をしていると11時半前になり、つまこがすくっと立ち上がって、更衣室の方にずかずかと進んでいった。

ここで、KAWAのお役目はほとんど終わり。

郵便局に用事があったのでいったんクリニックを出ることにしたが、ご飯を食べる時間はつまこに合わせようと思い、受付に時間の目安を聞いてみる。困った顔をして見合わす受付の女の子たちから、まあ1時半ごろだろう、という事を聞きだし、それに合わせようかと思いながら外に出た。

外に出ると誘惑がいっぱい。先に他のものを食べようかしらん、とか思い、いやいやそういう裏切り行為は罰当たりになるかも、と思い返して我慢したりして。

 

結局つまこが待合室に戻ってきたのは1時半過ぎだった。

浮かぬ顔をして出てきたので、一番聞きたかった「痛かった?」もなかなか聞けず。

ここで痛ければ、それがまたトラウマになり、つまこが「もういやだ」と言い出すタイミングも早まってしまう。

ただ、その後聞いた話では、麻酔がすっかり利いていたようだった。局所麻酔だと思っていたら全麻で、採卵の間、彼女は全く記憶がなかったみたい。

ただ、おなかに違和感があるということで、その日の間は歩きづらく、すわりづらくしていたけれども。

採卵への道のり(2)

では、採卵に向けて、具体的にはどのような治療を行うのか。

これはクリニックによりいろんな方針があるし、また患者によって違う方法を取るようなので、あくまで我が家のケースという事で。

 

つまこが受けたのは「クロミフェン法」というものだそうな。

まず処方されたのはクロミッドという錠剤で、この薬は先に述べたホルモンのうちE2の分泌を抑制する作用がある。

E2が多くならない限り、FSHの分泌が抑えられない。そうするとFSHは絶えず卵胞に働きかけ、卵子の熟成を促す。

この時点では、ただ飲み薬を飲んでるだけだし、体に変調もない。だから、不妊治療など屁でもないのだが(失礼)。

そして、そこからやってくるのが、恐怖の自己注射タイムなのである。

 

注射は初診から10日後に始まった。つまこは「セトロタイド」「HMGフジ」という薬の詰まった注射をもらってきていて、それを冷蔵庫で保管していたのだが、それを2日おきに刺さないといけない。

セトロタイドはアンタゴニストといわれる薬で、平たく言うとクロミッドで抑制しきれなくなったE2が零れ落ち、それがたまってきて脳がLH分泌を指示しようとしたときに、その連絡経路に干渉してLH分泌指示を止めようと言う、力技をかける薬なのである。そしてHMGフジはFSHが入っていて、さらにFSH値を引き上げる意味合いを持つ。

つまりはセトロタイドがLHを抑えている間にFSHを外からガンガンに打ち込んで、卵子を沢山熟成させようと言う算段なのである。

採卵の2日前には注射の中身が変わり、セトロタイドとHMGフジに代わってHCGという薬になる。これはいよいよ、排卵を誘発しようというものだ。

こんな作用をもたらす重要な薬だからこそ、この注射は必要不可欠。そしてそれを外注で看護婦に打ってもらうとその分無駄なお金もかかるし難しい技術を要するものではないから、ということで自己注射にする気持ちもわかる。

けれども、つまこが不妊治療を嫌がった理由の半分くらいはこの自己注射によるものだったのである。

「だって考えてごらんなさいよ」この話になるとつまこはいつもキレ気味にKAWAに訴える。「自分の体に針を刺すんだよ。ぶすって。怖くないはずがないじゃない」

そこが障壁になる気持ちもわかる。実は献血マニアのKAWAなのであるが、自分の腕に針を刺される瞬間だけはいまだに目視することが出来ないでいるのである。それがさらに自分で打つことになるのだとは。

治療を始めるまでは、つまこは「せめてあんたが打ってくれ」とKAWAに言っていた。けれども、その時が来ると冷静に自らの夫の技量(ぶきっちょさ)に思い至ったらしく、自ら針を刺すしかないと腹をくくったらしい。

なお、それでも今回の治療の方が前よりましだった、とつまこは後で語った。前の治療では、背中に注射を刺さないといけなかった。手元が見えるか見えないかで恐怖も全然変わってくる、と。

恥ずかしながら、そんなことすら知らなかったKAWA。つまこが注射をすること自体が怖くて、その場に立ち会うことはなかったからだ。

 

でも、つまこが「隣にいてくれた方が助かる」というので、今回は逃げずにその場に立ち会うことにした。

注射の時間、つまこは覚悟を決めると注射器キットを持って椅子に座り、おへその下あたりの肉を軽くつまむ。深呼吸の後、ゆっくりと針を自分のお腹に垂直に突き立てる。そしてゆっくりと注射の中身を自分の体内に注入した後、針を一気に引き抜く。大きなため息が出た後、アルコール消毒をしてパッチで止め、無事終了。

こんなことを、採卵予定日の9日前、6日前、4日前、3日前、2日前、と計5回も行うのだ。

苦痛にゆがむつまこの顔を見、思わず背中をさすろうとするのだけれど、「危ないからやめて!」と言われ、すごすご引き下がるKAWA。何もできず変わってやることもできないじぶんの無力さにさいなまされ、終わった後は自然とつまこをぎゅうっと抱きしめてしまう。そんなことしかできないのだけれど。

このあたりのことを思い出すたびに、その時のつまこへの申し訳ない気持ちがぶりかえす。

いつか生まれる我が子よ。あなたが生まれるのは、お母さんがこの時を耐え、がんばったからに他ならない、とあなたには伝えなければならない。

 

採卵への道のり(1)

と、ここからについて書くのに筆が重くなり、本日に至る。

ここからは採卵について書いていくのだが、思い出すだにつらいことがあった、とかではなくて、

単純に七面倒くさいのである。

治療を受ける方は、先生の指示に従って薬を飲んだり注射したり検査したり、というだけ。ただでさえ面倒くさがりなKAWA夫婦なので、先生に治療方針を尋ねて「いや、ここはうちはアンタゴニスト法で行くべきじゃないですか?」なんて議論を吹っ掛けたりはしないのである。

そこらへんは、信頼できそうな医者を探すことでカバーする。で、一遍信頼した以上は文句は言わず、ただその人に従う。

餅は餅屋、が身上なのである。

でも、ブログにつけて人様にお見せするとなると、「言われるがままにしてただけです」というだけでは説明にも何もならない。

ということで、おっくうさを押して、今更ながらに調べてみたのがざっと以下の通り(といいながら、ほとんどが先輩ブログの読みかじりです。先達はありがたきかな、と)。

 

まず、前々回において、つまこの血液検査で「E2」「FSH」「LH」というデータを調べたと書いた。これはすべて妊娠に関して脳から分泌されるホルモンである。

まず出てくるのがFSH。これは卵胞に作用して、卵子を育てる作用を行う。FSHをガンガンにぶち込めば、その分多くの卵子が熟成することになる。

ところが、自然界において、ヒトの生理周期1サイクルで卵が熟成するのはひとつでいい。だから、ある程度FSHが上がると脳は今度はE2という別のホルモンの分泌を命じ、その分FSHの分泌を止めてしまう。

E2は子宮の環境を整える(クリニックではよくこれを「ふかふかのベッドにする」というが)作用があり、卵子の受精・着床に備えてくれる。そしてE2も多くなったし頃合いもいいな、となると今度はLHの出番で、これが多くなると卵は子宮へと排卵されることになるのだ。

排卵された卵子精子の到着を待ち、やがて受精して子宮にへばりつく。これが妊娠と言うわけである。

 

となると、高度不妊治療を行うに際してはこの自然のサイクルをいじくってやらないといけない。

高度不妊治療とは卵子を採ってきてシャーレの上で受精させ、育った受精卵をお腹に戻すという作業を繰り返すのだから、取ってくる卵子は多ければ多いほどいい。そのためには、上述のFSHをガンガンぶち込んでやって、卵子を沢山プリプリに育てないといけないのだ。

しかも、卵子が子宮の中に排出されてしまったら、それをつまみだして外界に出してやることもできなくなる。だから、プリプリに育った卵子を、排卵の直前を見極めて摘みに行かないといけない。

そんな繊細な作業を行わないといけないのだ。

だから、採卵前はFSH、E2、LHの値をこまめに取って採卵に最も適切な火を決める必要があり、そのためにつまこの通院の頻度があがる。

記録によれば我が家では採卵を2回行ったのだが、1回目の採卵では5月29日に初診を受けて、それから6月13日の採卵日までの2週間でほぼ3日おきに4回ほどクリニックに通っていた。

話は少し脇にそれるが、この採卵までのスケジュール調整は結構きついものだと思う。つまこの職業はお気楽極楽、週休4日のパート業だけれど(と言ったら怒られるが)、それでも仕事の繁閑もあるし、いいタイミングでお休みを貰えるとも限らない。日程調整と言い訳のひねり出しだけでもなおさらストレスのたまることなのである。これだけ休みにワガママになれば「なぜ?」と聞きたくなるのも人情だし、不妊治療を受けていることを周りに隠しておきたい夫婦であれば、そのつらさはひとしおだろう。

ちなみにKAWAとつまこは、というと「不妊治療を受けていることをなぜ秘密にしなきゃいけないのかわからない」という派であったので、つまこも堂々と「不妊治療のクリニックに行くのでその日は働けません」と言えるし、KAWAも「週末の予定?不妊治療っすよ」とネタに出来たくらい。こんな風にあけっぴろげでいると、周りの方が却ってワタワタしてくれるのがありがたいと言うか。

 

だから、KAWAとつまこは胸を張って言いたい。

不妊治療の何が悪い。あえて公言して回ろうではないか。

生殖機能の欠陥は、ヒトとしての機能不全を意味するものではない。子供もロクに作れないのね、なんて後ろめたい思いをする必要もないし、医療技術はこちらの味方なのである。

そして、周りの人たちも、不妊治療を受けているカップルを暖かく見守ってやってほしい。子供が欲しい、というのはワガママではなくて、生物としての最大の欲求のひとつであるはずだ。こうも仕事を休まれれば迷惑がかかる人がいるのは申し訳ないけれども、それだけの思いをこの治療に託し、色々なものを犠牲にしているということに思いをやって、少し大目に見てもらえないものだろうか。

 

KAWA、治療開始

そして、つまこが初診を受けた3日後の6月1日土曜日。

KAWAは初めてAクリニックの門を叩くことになった。

 

品川駅の改札口を出て左の方に向かい、港南口を抜ける。高輪口はともかく、品川の港南口と言えば、元々はコキタナイ雑居ビルとかしかなくて、さらに先にある屠殺場の方からえもいわれぬにおいがたれこめる街だったのが、最近では随分と変わったものだ。

そこにある洗練された高層ビルに入り、守衛さんから入口のパスを貰う。もともとここはビジネスビルで、土曜日に入館しようという人はクリニックの患者ぐらいしかいないので。

 

初めて入ったクリニックは開放感のある明るい作りになっていて、ゆったりとリラックスできる感じのところだった。まずは自動受付機にカードを通して受付を打刻した後、今度は人のいる受付に行ってカードを渡し手続きをしてもらう。

余談ながら、その作業はそれから何回も見ることになるのだが、どうして機械だけで受付が済まないのか、KAWAは不思議だった。機械で受け付けてから人間が受け付け、なんてなんか無駄な作業に思えてならないのだけれど。

そして受付の奥にある待合室が広い。何十人詰められるのだろう、という待合室に、患者さんはちらほら、といった程度。「品川は開いたばかりですからまだ患者さんも多くなくて狙い目ですよ」とA先生が言っていたのもうなずける。これからの千客万来を期して、大きく施設を作りこんだのであろう。

更にはエレベータホールからみて反対側には子供連れの待合室もあった。いわゆる二人目不妊の治療を受ける人のためのスペースなのだが、そのような配慮も心地よい。二人目が欲しい患者さんの気持ちもわかるけど、子供が出来なくて悩んでいる人たちの中で赤ん坊や用事がギャン泣きしていたら、それは不必要にイライラさせられることはこのうえない。

 

このクリニックの呼び出しはメールで送られることになっていて、自分の番が来るとメールが届き、その指示された診療室に入ることになる。

前のクリニックでの経験上、大した検査はなかったとしてもどうせ相当待たされるのだろう、と持ち込んでいたニンテンドーDS三国志を始めたKAWAであったが、あにはからんやメールがすぐにやってきて採血室に呼ばれていったわけで。

初診、といっても男性側に対しては特にガイダンスなどがあるわけではない。看護婦さんが狭い部屋にいて、血液を1本抜いて、はい終了、となった。それでこの日は14000円取られる。なんだかなあ、という感じである。

けれども、この注射器1本分の血液で、多くの種類の検査を済ませることになるのだ。これはつまこの側も同じなのだけれど、不妊治療を受けるに際して、他でこれまでに受けた検査の内容を提出させられており、余計な重複にならないようにとの配慮をしてもらえていた。風疹についても、KAWAはまだ受けていなかったが、北区から無料検査のお知らせが来ていたからパス。だけど、それでもこの日の検査内容は多かったわけで。

その後で貰った結果をここに書き出しておこう。

HBs抗原:陰性

HCV判定:陰性

梅毒TP抗体:陰性

HIV抗原・抗体:陰性

まあ、一つでも陽性、と出ていたらおい待てよ何時の間に、となる内容ではあったけれども、とりあえずクリア。

 

そして、その日には行われなかった、男性側の一番大事な検査が、精液検査だ。これは、容器を渡されて、その3日後のつまこの診察の日の朝に家で採取し、つまこに持って行ってもらうことになった。

採取の仕方については、割愛。それを所定の紙袋に入れてつまこが持っていく。

結果はその日のうちにつまこに知らされたのだけれど、彼女はKAWAに「年相応のデータ。それほど悪くなかったよ」とラインを送ってきたてくれた。けれども、それは彼女の優しさであって、自分の精子の出来の悪さをKAWAが気にしていることを知っているからそういう表現になったわけで、あえて言えば結果は惨憺たるものだった。

恥ずかしいけれども、あえてここにデータをさらす。

精液量:2.70ml (基準:2.0-4.0ml) - 思ったよりよかったじゃない。

精子濃度:2.42×10の6乗/ml (基準:40×10の6乗/ml)⇒ おいおい、基準の8分の1かよ・・・

精子総数:6.534×10の6乗/ml  (基準:39×10の6乗/ml) ⇒ こちらも基準の6分の1。精液の量に対してスカスカということね。

運動率:34.1%(基準:60%) - ヒヨワだ、ヒヨワすぎる・・・

少なくかつヒヨワ、となれば、これではつまこが妊娠するはずもない。しかも基準について、説明書きにはご丁寧に、「甘い基準のものもあって正常値として使用していけません」なんて書いてあるのもあって、それすらクリアしていないのは男としてどうなのか、とも思ってしまうほどの水準なのである。

もう、「(甲斐性もなければ見込みもないけど)浮気しても相手を孕ます心配がないぜっ」とでも開き直りたい気分。

つまこ、治療開始

では、再び不妊治療の経過に戻ることにしよう。

 

記録を見ると、品川Aクリニックの説明会に行ったのが5月10日のこと。

ここでパスキーをもらってホームページの特設ページに入ってEラーニングを受ける。それが終るとまたパスコードが出てきて、それを使ってようやく初診受付に進むことができるというわけだ。

前にも書いたが、気分は大学時代の憲法学のウルサイ教授の授業を受けたときと同じである。内容をせっせと頭に入れたうえでパスコードをゲットし、そのまま初診予約を行った。これが土日は不可、ということだったのでつまこひとりにいってもらうことにし、5月29日に品川の門を叩いてもらうことになって。

ちなみに、初診に持っていかなければならなかった書類は以下の通り。

・受診希望者の同意書

・女性ホルモン使用中の静脈血栓塞栓症同意書

・風疹の抗体価の確認と風疹ワクチンにかかる同意書

・夫婦の記入済み問診表

・夫婦二人分の保険証

・戸籍謄本

・検査結果(もし持っていれば)

 

これを見ただけでも、生殖医療とはとてもナイーブな現場なのだという事がわかる。治療における副作用はあらかじめ知っておいて責任は取ってくださいね、というのはどこの病院でも同じことだけど、戸籍謄本まで必要となると言うのは、夫婦以外の子供をこっそり作りたい、なんて例があって、後程面倒なことになったりしたんだろうね。

 

本来なら初診は、つまこの体を簡単に調べてから説明があり、生理の予定を見ながら今後の治療スケジュールを立てて行く、というものなのだが、たまたまその日はつまこの生理2日だった、ということで、即治療がスタートすることになった。

今更読み返しても何のことやらさっぱり、というのが正直なところなのだが、ここで彼女が受けた検査について、診療明細書をもとに書き出しておく。

・生化 10項目以上

・プロトロピン値 APTT検査

・TSH(甲状腺刺激ホルモン)

クラミジア抗体検査

・抗甲状腺ヘルオキシダーゼ抗体

・抗CL・β2GPI抗体

・FT4(甲状腺ホルモン)

・梅毒・エイズC型肝炎B型肝炎検査

・末梢血液一般検査

エストラジオール検査

・アンチミューラリアンホルモン測定

LH-RHテスト

・プロラクチン

 

とざっとこんな感じ。

実際は全部血液検査で、薄れかけているつまこの記憶では、それほど時間がかかったというものでもないらしい。

そして、その後も採卵時期を探るために必要なデータ「E2」「FSH」「LH」についても調べていたのだが、これについては後述する。

 

そしてこの日つまこがもらってきたお薬は「クロミッド錠」「ジュリナ錠」の2つ。

クロミッド錠は女性の排卵を誘発させる薬であり、ジュリナ錠は血管運動神経症状や腟萎縮症状に対するお薬なのだそうな。どうやら後者は中年のつまこのために処方された薬らしいが、要はそうやって排卵をコントロールし、卵が取りやすい状態に持っていく、そういう活動がこうして始まったわけで。 

不妊治療のプロセス

ここでは、不妊治療のプロセスについて書いていく。

これについてはいろんな人がブログに書いているし、KAWAは医学的なことはあまり詳しくない。けれど、次々と現れるハードルにうんざりしたのも事実なので、あくまでKAWA夫婦が受けた履歴として「どのようなルートをたどって何処にたどり着くのか」の目安として読んでもらえればと思う。

 

不妊治療の基礎として挙げられるのがタイミング法、だ。

これは、排卵日に性交する、という、妊娠したい夫婦が必ずやることなのだけれど、いつが排卵日かがなかなかわからない、ということで医者の指導を受けるというもの。

これが、KAWAにとっては面倒くさいもので。

なぜなら、卵子はKAWAのスケジュール上の都合なども考えずに勝手に排卵されてしまう。「今日がその日」とつまこに言われても、仕事が忙しくてなかなか帰れない日もあれば、飲み会が入っていればキャンセルもできない。おまけに「私はスケジュール空けて待っているのに」というつまこのイライラも甚だしくなってくる。今クールのタイミングをアンタのせいで逃した、と言われ、こちらのやる気もうせてしまう。目的があまりにストレートすぎて、何のための夫婦生活なのだろう、と考えてしまう事もしきり。

 

つまこ側のストレスもわかる。タイミングを計るためには毎朝起きたタイミングで忘れずに体温計を口にくわえなければならない。少しでも遅れると意味のない数値になるし、そうも言っていられないバタバタな日もあるだろう。それだけやってようやく見定めたタイミングの日に、ダンナが酔っぱらって遅く帰ってきたらキレたくなるともいうもの。

ちなみにそれでグラフをつけ高温期になるタイミングを見定めるわけだけれど、きちんとつけられたグラフを見るのはマーケット参加者であったKAWAにはちょっと面白い。まるで株価のチャートを見るようで、誤差もあれば「だまし」もある。そんなことを考えてたのか、とはつまこには言えないけどね。

今回は何とかなるかな、タイミングもバッチリだったし、何回か増援部隊も送ったし、などと考え、つまこの生理が来ませんように、と祈るように日々を過ごす。ところが生理予定日の1週間前には確実につまこのイライラ期をぶつけられて傷つくやらがっかりやら、を食らった後、ちゃんとつまこの「出ちゃった」が出た。

業界ではこれを「リセット」と呼ぶそうな。文字通り一からやり直しで、次も頑張らなきゃなあ、と思わされる。

不妊対策の基礎の基礎であり、不妊治療をつまこが拒否した後は、KAWA夫婦は緩い感じでこの自己判断によるタイミング法を続けてきたのだけれど。

 

これでダメなら、いよいよ本格的な不妊治療の始まりだ。

まず試すのが良く聞く「人工授精」。これは非常に科学のにおいがするネーミングだけど原理は単純で、ちゃんと精子を子宮に送り届けるというもの。攪拌機にかけて精製した精子をスポイトに採り、膣の奥に注入する。これで精子が子宮の中にちゃんと潜って行って卵子にたどり着けば妊娠の可能性が高くなる。

これは、1回で成功する、というのは稀であり、何度も繰り返す必要がある。KAWA夫婦のように残された時間を気にするカップルにはあまりこれに執着する意味はないようだ。ただ、前のクリニックで高度不妊治療をしていた際に排卵期を見誤り、採卵しようとしていた卵子が既に排卵済みであることを確認した際、慌てて人工授精に切り替えたことがあったが、当然成果は無し。

 

そして次が最後のトリデとなる高度不妊治療。

これには「体外受精」と「顕微授精」があって、どちらも排卵前の卵子を採ってきてシャーレに入れ、それに精子を交わらせる、というもの。いわゆる「試験管ベビー」である。

体外受精の場合はシャーレに精子を入れ(これを「ふりかけ」という)、卵子へのドッキングは自然に任せる。この様子を新宿のクリニックの説明会で見せてもらったが、あまたの精子卵子に群がり、その膜を一生懸命食い破って卵子にたどり着こうとするその姿は感動的ですらあった。でも、全員で力を合わせて膜を崩していくのに、入れる精子は一匹だけ。そこは要領のいい奴がするりと入って行くんだけど、それもまた人間社会と相関するものを感じる。

ただ、KAWAの精子の元気さを考えると、うちの夫婦がトライすべき、とされたのは顕微授精の方で、それは精子のうちイキの良さそうな奴を選んでスポイトに入れ、それを卵子に直接注入するというもの。そこまでいくと本当に来るところまで来た、という感じがするね。

 

以下、顕微授精(体外受精もほとんど変わらないと思う)の経るプロセスについて記載しておく。

これについては、KAWAはクリニックのある品川から山手線に乗って一駅一駅過ぎて行くイメージで考えている。

まず、品川からスタートし、血液検査等を済ませた後でまず立ちはだかる壁が「採卵」。卵巣で形成された卵子がプリプリに成熟し、しかも排卵される直前の状態で採らないといけないから、ここにテクニックが必要になってくるわけで、生理後のタイミングを見ながら薬を飲んだり注射を打ったりして排卵日を人工的に調節する。で、無事卵が取れた時点で「田町」についたとする。注射しかり採卵しかり、つまこは相当痛い思いをしながらも、前回はここまでもたどり着くことが出来なかったわけで。

 

採られた卵に精子を注入し(体外受精はふりかけで、顕微授精はスポイト注入で)、正常受精が確認できると「浜松町」。これは採卵後に即行われ、結果はクリニック化あらメールや電話で知らされる。自分たちではどうしようもない、ふたつ目のハードルという事が出来るだろう。

これをいったん凍結して受精卵の時を止める。その間に人工的に生理を起こさせて子宮の中をきれいにし、そこに薬でまたふかふかのベッドを形成するようにする。具体的には「子宮内膜」の厚さが基準となって妊娠に適した状態になっているかを確認し、「新橋」に到着する。

 

ここで、受精卵をいくつか解凍して母体に戻す(移植)作業に備えるのだが、これが無事に成し遂げられて「有楽町」とする。有楽町に至るまで、受精卵はここでふた通りのルートをたどる。ひとつは、直接有楽町に向かうと言うか、受精卵を母体に移植して、そこで育てて行くと言うもの。これは、卵にとって成長に一番適した場所は子宮であるという考えからなされる。

もうひとつは、解凍した受精卵をそのままシャーレの中で育て、胚盤胞と言う段階まで体外で持っていってから移植する方法。これは、いわば汐留あたりに寄り道すると考えようか。

そして、移植した受精卵がきちんと着床し、自分の成長に必要なホルモンを分泌し始める。これが念願の妊娠であり、列車はついに東京駅に着いた、というものである。

実はここが一番の難所であり、つまこ43歳にとっては統計的に成功率が10%程度というもの。ところが、良くも悪くも調査嫌いなKAWA夫婦は、不妊治療開始の時点ではその重みをしっかりと捉えてはいなかった。

初めからきちんとその難関度合いを意識していたならば、不妊治療など行わなかったかもしれない。いわば自分の偏差値も知らなければ難易度も知らず、ただ問題集だけ解いた後に東大を受験するようなもので、だからこそ迷わずに進むことができたと言う事実はあるのだが。

今は反省している

夫が不妊治療を決断するまで

 話はいったん、ここで少しさかのぼる。

 

子供なんて、ふつうにやってれば出来る。

ご多分に漏れずそう思っていたKAWA夫婦のもとに、なかなかやってきてくれなかったコウノトリさん。

KAWAがまず思ったのは、つまこが不妊症なのではないかという事だった。

そこで、「私のからだに問題などあろうはずはない!」と言い張るつまこをなだめすかし、近所の産婦人科で軽く見てもらうことにする。結果は、まあ正常でしょうね、というもので、つまこは「ほら、私に問題ないじゃない。アンタよアンタ」と鼻を膨らませながら帰ってきた。

 

そうなると、次はKAWAの番である。

男性不妊のチェックとなると近所の産婦人科では出来ないので、板橋にある病院を紹介してもらっていってみた。

まずは5日間の禁欲。そして病院のトイレで精液を採取し、検査に出して。

それを専門業者に分析をしてもらった後、再び訪れたその病院でKAWAは診察室に呼び出された。

「あなた、本当に5日間禁欲しました?」

診察室に入るなり、男性医師(30代前半ぐらいだろうか。当時のKAWAより少し若い感じの人だった)は怪訝そうな目をしながらKAWAに問いただしてくる。

「はい。一応」

「これ見て」ぶっきらぼうに医師は言って検査結果を見せてくれた。精子の量、運動率、奇形率、全部劣悪な結果。

「これでは普通にやってたら子供は出来ませんね。不妊治療とか考えた方がいいです。以上」

 

ショックだった。

普段なんともない生活をしている自分なのに、性欲も若いころに比べてそれほど陰りがあるとは思っていないのだけれど、それでもいつの間にか歳を取って、男性機能がポンコツになっていたとは。

それ以上にショックだったのは、男性医師のKAWAを見る目だった。あの、あんたみたいな人にはあきれ果てた、と言わんばかりの、蔑視的な、あの眼。

歯を磨かないで歯医者に行ったら、歯科医に怒られる。

ケガをしているのに運動したら、外科医に怒られる。

糖尿病なのに不摂生してたら、内科医に怒られる。

けれど、咎無くして男性不妊が判明した患者に対して、どうしてあの医者はあんな態度を取れたのか。

振り返ってみれば、それもいい経験だったな、とKAWAは思う。愛想のない性格の医師だったのかもしれないし、激混みの毎日で疲労困憊でもあったのだろう。けれど、あれは分析結果に傷ついた患者に対する態度ではない。それだけで医師失格だったな、あの男、とKAWAは今でも怒っている。

 

そして、そういうことなんだな、と理解するところもあった。

よく「不妊治療に旦那が協力してくれない」なんて話をよく聞く。KAWAも別に大したことはやっていないのに「お宅は旦那さんが非常に協力的ですね~」とクリニックで褒められることも多数である。そんな風に、多くの夫が不妊治療にネガティブな理由、それは「自分の体が不良品であることを認めたくない」というもの、もしくは「自分のせいで不妊と知れたら世間にバカにされる」というものなのではないか。

また、女性の場合は年齢とともに妊娠率が下がってくることがよく知られているが、男性の場合は違うという誤解もある。「金持ちの爺さんが若いメカケを妊娠させた」なんて話も良く聞くことだし、いくつになっても男性は性欲を持ち続ける限り子供を作ることができるのではないかと。だから、タイムリミットを意識する女性に対して、まだまだ大丈夫じゃない、とのんびり構えていられるのだ。

しかしKAWAの例を取ってみても、加齢による衰えがあるのは明らかで(精液採取したとき、実は改めて「あれ、思ったより少ないな」と自分でも感じていた)、男性もやはり歳を取ると「妊娠させる力」は衰退していく。そこは、意識した方がいい。仮に今の奥さんと離婚して若い娘を嫁にもらい直したとしても、子供が出来る可能性はさほどには上がらないのだ。

話はそれるが、上に挙げたような、古今東西で伝わる「爺さんが権力や財力に物を言わせて若い娘を孕ませた」話だけど、あれって実は娘側も画策していて、歳を取った後捨てられないように、若い男を招き入れて子作りし、子供の母親になることで自分の居場所を維持する、なんてケースも結構あったのではないか。そうであれば、男も女もしたたかなものだと思うものだけれど。

 

話を元に戻して、自分に不妊の理由があることを知った時、男性はどう思うのか。

KAWAの場合は、ショックだった一方でどこかしらホッとしたところがあった。

世間一般的に、不妊の原因は女性にあると思われている。だから子供が出来ずに過ごしていると、つまこに冷たい目が向けられることもあるだろう。そして、つまこだけに問題があった場合、KAWAが子供好きだと知っているだけに肩身は一層狭くなる。

ところが、それがKAWAに問題があるとわかったのである。「私のせいじゃない」(実はつまこの卵子も相応に歳を取っているのでこちらにも問題があることは判明したのだが)と窮屈な思いはしなくて済むし、親戚に対してもいわれのない罪悪感を抱く必要もないだろう。

 

不妊の原因は女性にある、と言うのは間違いで、Aクリニックによると不妊の原因の41%が女性、24%が男性、24%が男女とも問題なのだそうだ。

残り11%が「原因不明」というのが個人的には面白いところで、まだまだこの分野は神のみぞ知る世界なのだ。

それでいて、不妊治療で主に負担がかかるのは女性側。これは仕方がないところで、男性としては申し訳なく思うところ大である。そんな中、男性が「協力的でない」(そもそも協同して取り組むべき問題であって、「協力」という言葉にも違和感を感じる)というのがKAWAにはわからない。

それだけ、子供の欲しがり具合が男と女の間で違うのかもしれないが、不妊治療はその後出産、育児へとつながる。「子供が欲しい」という思いが夫婦の片方にしかないのであれば不妊治療に進むべきではないし、もし双方の思いが一致しているなら、お互いが積極的に取り組むようになるはず。

…それ程簡単に割り切れる問題ではないのかもしれないが。

 

そして最後の難関がカネの問題。

不妊治療のプロセスについては後述するが、KAWAがやらなければならない高度不妊治療となると非常に金がかかるのだ。

知っている人でも「外車買えたくらい」という人もあるし、1000万かかったと言う人の話も聞く。大金をはたいてもうまくいくかどうかは確約がなく、ケチなKAWA夫婦がそんな金をポンと出すことが出来るのか。

そこは、結局割り切ることにした。お金の遣い方は人それぞれ。良い物に囲まれて豊かな生活を送る人もいれば美食に走る人もいる。KAWA夫妻は子供を手に入れるために資金を投下するのだ。それは決して無駄なお金ではなくて。

そんな風にして始めた不妊治療。それから紆余曲折を経て今日に至るわけで。